インタビュー

 今月の師匠の目は静岡の共に同じ先行型の師弟である栗田雅也選手と田中孝彦選手です。長らく先行選手不足と言われてきた静岡県の中でも貴重な先導役として静岡を引っ張ってきた栗田選手。そんな栗田選手の「先行選手魂」を受け継ぐ田中選手は未来の静岡、ひいては南関を担う存在といっても過言ではないでしょう。今回はそんな2人の師弟関係に迫りました。
同じ先行選手として負けたくないですね。(栗田)

栗田雅也選手
─まずは、田中選手が弟子入りしたいきさつから教えて下さい。
「田中は高校時代に野球をやっていたんですけど、修善寺工業高校で僕と同じ高校なんですよ。しかも、野球部の監督が僕の恩師にあたる人で。その方から連絡があったのが、夏の県大会で負けた日だったんです。『今日で引退する子の中に競輪選手を目指してる生徒がいるから会ってやってくれないか』ってことで。それで、県大会終了直後の野球部の打ち上げというか、反省会みたいな会に顔を出したんです。生徒の両親も来ていたんですけど、そこで初めて田中と彼の両親に会ったんですよね」
─それでは、そこですぐに弟子入りという形になったんですか?
「いや、その場では弟子入りという形にはならなくて。僕の方からは競輪の世界がどういう世界かっていう話をしたんですよ。完全に実力勝負の世界で、成績を残せなければお金も稼げない厳しい世界だよっていう話をね。それでも良ければ、10月に適性試験があるから、まずはそれを受けてみたらということで。実はその時、田中が受かるとは思ってなかったんですよ(笑)。もし面倒見るとしても、(適性)試験の後からかなと思っていたくらいで。しばらくして田中から『受かりました』って電話が入ってビックリしました。それで、競輪学校に入る以上誰か師匠がいた方がいいということで、引き受けたってところですね。師匠って、弟子を競輪学校に入学させるまでが1番大変だと思うんですけど、僕はかなり楽な形で師匠になった感じでしたね(笑)」
─では、本格的な指導は競輪学校を卒業してからになるんですね。
「一応、弟子入りしてから入学まで2ヶ月くらい時間があったので、その期間で競輪の基礎をみっちりと教えて入学させました。その時に僕からかけた言葉は『お前は自転車経験が1番浅いんだから、とにかく同期や教官に色んな話を聞いて来い』と。トレーニングの話でもいいし、自転車の乗り方でもいいし、そうすれば色んなことを吸収できると思ったので。卒業して一緒に練習してみたらだいぶ成長していたので、『これはモノになるかな』っていう手応えは感じましたね」
─田中選手はデビュー後(06年7月・伊東)、師匠譲りの徹底先行でメキメキと実力を付けていきましたよね。
「僕自身がそうしてきたから、田中にも『まずはとにかく先行しろ』ということは言いました。先行で力を付けていけばいつか絶対上に上がれると思ったし、先行ならば自分の経験を色々と伝えることが出来ますから。そういう意味では今まで僕がやってきた先行勝負が上手く生かせたのかなと思いますね。まあ、ここまで早く上位で活躍できる選手になってくれて、師匠としては本当に嬉しいですね」
─今では南関に欠かせない先行選手の1人になりましたからね。そんな田中選手の長所と短所はどんなところだと思いますか?
「長所は素直なところですかね。とにかく色んな人の話をよく聞きますし、そんな田中だからこそ静岡はもちろんですけど、同じ南関の先輩にすごく可愛がられているんですよ。開催が同じになった先輩に自分からアドバイスを貰いにいってるみたいですし、そこで聞いてきた話を練習やレースに上手く取り入れているんですよね。だから成長が早いのかなって思うんですけど。短所は…、ダッシュがないところですかね(笑)。逆に僕は(自分が)ダッシュがそこそこある方だと思っているので、田中のダッシュ力を強化する為に色々とアドバイスをして弱点を克服させてやりたいなと思った時期もあったんです。だけど、逆に(田中は)持久力がハンパなく凄いから、そこを伸ばしていった方がいいんじゃないかなって思って。その方が彼の持ち味を最大限に発揮することが出来るし、結果にも繋がるんじゃないかなってことでね。そういうこともあって、先行勝負は彼に1番合ったスタイルなんだと思いますね」
─ある意味、栗田選手にとって田中選手は弟子ではありますけど、1番身近にいるライバルなのかもしれませんね。
「そうですね。彼の存在はすごくいい刺激になってますよ。競輪学校入学前に基礎練習をさせていた時は『何年選手を続けさせてあげられるのかな』なんて思ったりもしたんですけど(笑)、そんなアイツがライバルという存在まで育ってくれたのは本当に嬉しいというか…。まあ、今はアイツの方が点数も高いので、あまり大きなことは言えないんですけど(笑)。でも、まだまだ同じ先行選手として負けたくないっていう気持ちはもちろんあるし、師匠としても弟子にカッコ悪いところは見せられないので、またすぐに(競走得点を)逆転させて、師匠らしいところを見せたいですね。そうやってお互いに切磋琢磨しあえるいい師弟関係をこれからも続けていきたいなと思います」
─そんな中、栗田選手自身の個人的な目標を教えて下さい。
「5月の小倉で落車してから欠場が続いてしまっているのでこれまた大きなことは言えないんですけど(苦笑)、まずは1日も早く万全の状態に戻して、グレードレースで結果を残せる様になりたいです。記念を獲ったことがあるだけに、優勝の瞬間が最高なものだっていうのは知っているので、またそれを味わえたらなっていうのはありますね」
─栗田選手といえば、記念を獲る度に大粒の涙を流す姿が多くのファンの感動を呼んでいますからね。
「そうですね(笑)。観音寺の時は記念を初めて獲れたっていうので感極まってしまって。去年の川崎(花月園メモリアル)は師匠(村松清一)とその奥さんが観に来てくれていたので、お世話になった方たちの前で恩返しをすることが出来たのが本当に嬉しかったんですよね。それに、僕をずっと応援してくれていたファンの方もすごく喜んでくれていたので、こんな自分でも応援してくれる人がいる以上は、その人たちの為に頑張っていきたいと思います。それに、僕には夢がありますから」
─その「夢」というのは?
「一緒にGIに参加して、勝ち上がりで連係するっていうのも夢の1つではあるんですけど、もう1つの大きな夢は、アイツの後ろから記念を獲ることですね。それで、表彰式で一緒に記念撮影をしてもらうんですよ。多分、その時は観音寺と川崎の時以上に泣いてしまって、もう顔がしわくちゃになってしまっていると思うんですけど(笑)。記念を獲ること自体がそんなに簡単なことではないのは十分に分かっていますけど、そういうモチベーションがあった方がいいじゃないですか。いつか実現させられる様に、これからも一生懸命頑張っていきたいと思いますので、温かい応援をよろしくお願いします」
先行選手として見習うべき所が沢山あります。(田中)

田中孝彦選手
─田中選手が競輪選手を目指したきっかけは何だったんですか?
「高校に入ってから野球部で頑張っていたんですけど、2年生の時に野球でご飯を食べていくのは難しいかなって思い始めたんです。高校が修善寺で競輪学校と近かったこともあって、前から『競輪選手』の存在は知っていたので、競輪選手になりたいなって思う様になったんですよね。プロのスポーツ選手にずっと憧れていたので挑戦してみようと思い、野球部の監督に相談しに行ったんです。そしたら、監督が競輪選手なら知ってる選手がいるから紹介してやるっていうことで栗田さんを紹介してもらったんです。なんでも、栗田さんはその監督の教え子の1人で、仲人までやったらしいんですよ。そういう意味では、なんとなく運命的なものを感じてしまいますよね」
─田中選手から見て、栗田選手はどんな師匠ですか?
「そうですね…、すごく優しい師匠ですよ。あまり怒られないし…、っていうか怒られた記憶そのものがないくらいで。褒めて伸ばすタイプっていうんですかね(笑)。アドバイスを聞きに言ってもすごく丁寧に教えてくれますし。でもセッティングに関しては、『俺にはよく分からないから他の人に聞いた方がいいよ』って言われすけど(笑)。でも、それ以外の部分、練習メニューに関しても、レースの組み立てに関してもすごく為になるアドバイスばかりもらってますね。自転車経験ほぼゼロだった自分がこんなに早くS級選手として活躍できる様になったのは本当に師匠のおかげだと思います」
─そんな田中選手はデビュー以来徹底先行を貫いていますが、それはもちろん師匠の影響ですよね?
「そうですね。デビュー前に師匠から『まずは先行して力を付けろ』って言われたのもあるんですけど、身近で師匠の姿をずっと見てきて、僕もあんな選手になりたいって思う様になったんです。師匠は今でこそ決まり手は捲りの方が多いかもしれないですけど、先行の決まり手もしっかり付いてますからね。まだ、立派な『先行選手』だと思うんです。30歳を越えても先行選手としてトップクラスで活躍するのは限られた人だけだし、その限られた人になる為にはかなりの努力をしないと難しいじゃないですか。それをやっている師匠は本当に尊敬しますし、先行選手として見習うべきどころばかりだし、まだまだ教えてもらいたいことが沢山ありますね」
─栗田選手とは今でも一緒に練習をされているんですよね。
「去年までは一緒に練習する機会も多かったんですけど、今年に入ってから師匠が落車続きで、なかなか日程が合わずに、そこまで一緒に練習出来ているという訳ではないんですよ。僕としては1日でも多く師匠と一緒に練習して盗めるところはどんどん盗んでいきたいなと思っているんですけど、原因が落車なのでこればっかりはどうしようもないですから(苦笑)」
─1日も早く栗田選手の体調が戻って一緒に練習出来るようになる日が来るといいですね。ところで田中選手自身、個人的に目標としていることはあるんですか?
「やっぱり、GIに出ることですね。今までGIIには2回(11年のサマーナイトフェスティバルと共同通信社杯秋本番)出ているんですけど、GIにはまだ出たことがないので。GIには独特の雰囲気があるっていう話はよく聞くので、僕も早くそれを体感してみたいなと。それに、GIに出ることによって色んな人に話を聞くことも出来るだろうし、勉強できることも沢山あると思うんです。他のどの開催よりも成長のチャンスがあるGIに出てみたいっていう気持ちがすごく強いです。ただ、GIに出る為にはコンスタントに成績を残して、出場権を獲るしかないんですけど、僕はけっこう(成績の)波が激しいんですよ…(苦笑)。なので、まずはどんな開催、どんなレースでも一戦一戦を大切にして自分の力を発揮するっていうことを心がけていきたいなと思います」
─栗田選手も1日も早く一緒にGIに参加して連係してみたいと言っていましたよ。
「そうですか。師匠には今まで本当にお世話になっていますし、早く恩返しできるといいんですけどね。今まで1回だけ師匠と連係したことがあるんですけど、ワンツーを決めることが出来なかったので、今度こそ成功させたいですし、それがGIの勝ち上がりとかだったら最高ですよね」
─それでは、最後にファンの方へのメッセージをお願いします。
「これからは僕が静岡や南関の若手を引っ張っていける様に頑張っていきたいと思いますので、応援のほどよろしくお願いします」