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伏見俊昭(福島・75期・S級1班)
伏見俊昭選手が、第64回オールスター競輪(GI)で連続25回出場記録を達成しました。
伏見選手の初タイトルが2001年のオールスターで、25回目は地元のいわき平競輪場でむかえるなどオールスターとは縁が深いのでしょう。ファンに愛され続ける伏見選手だからでしょう。
25年連続で出場できたことはファンの皆さんの応援のおかげです!
-連続25回オールスター競輪出場を果たした心境は?
「まだ25回という気もすれば、長かったような気もします。1回目が平塚のオールスターだったんですけど、あの頃が懐かしいですね」
-地元で25回目をむかえられましたね。
「ダービーとオールスターだけ連続出場が続いているんですけど、やっぱり地元でオールスターを走れる喜びと、地元GIで自分を奮い立たせて、練習の方にも身が入るのでとても感謝しています」
-思い出に残っているオールスターはありますか?
「初優勝のオールスター(岐阜・2001年)も記憶に残っていますが、2回目の一宮のオールスター(2008年)優勝で、内田慶君(※)と最後に一緒に走れたあの大会が一番思い出に残っていますね」
-これからの目標は?
「年々、勝負と思っていますけど、年上の方々が頑張っている姿を自分の励みにして、自分も追いつけるように一戦一戦、1年1年、これからも精一杯頑張っていきたいですね」
-オリンピックで女子ケイリンのぺーサーを努めていかがでしたか?
「また違う視点でオリンピックを見れました。またぺーサーという大役でオリンピックに関われたことは大変名誉ですし、また、あのオリンピックで選手として戦った経験を思い出せました。楽しい雰囲気の中でぺーサーも出来ました。そこでメダルを獲ってくれたら、また違う感情がこみあげてきたのかと思いますけど、でも、日本勢の頑張りは自分の励みになりましたし、とても楽しい2日間になりました」
-アテネの時とはどうでしたか?
「あの時は選手としての参加でしたからね。一ファンとして見るのは違いますよ(笑)。アテネと北京に参加しましたけど、もう自分の競技だけ集中してました。今回はひとりのファンとして色んな競技を見させてもらいましたし、楽しめた空間でしたね」
-ファンの皆さんにメッセージをどうぞ。
「25年連続で出場できたことはファンの皆さんの応援のおかげです。これからも一戦一戦、1着を目指して、頑張って走り続けたいと思いますので、これからも変わらない声援をお願いします」
(注釈)
※内田慶(栃木・87期)第51回オールスター(2008年・一宮)レース中の落車が原因で亡くなりました。
伏見俊昭(ふしみ・としあき)
1976年2月4日生まれ。身長181㎝ 体重88㎏
1995年4月デビュー。
Q.来年は、地元でダービーも行われますが、いかがですか?
A.「まずダービーの権利を取りにいかないといけませんからね。来年の1月までしっかり賞金を積み重ねて、地元ダービーに参加出来るように一戦一戦頑張ります」