インタビュー

昨年9月に不惑を迎えた志智俊夫が、再スタートを切ったかの如く、エンジンを再点火させている。昨年11月の大垣記念優勝を皮切りに、今年1月には京王閣記念を鋭脚で制覇、そして2月の全日本選抜では3勝を挙げて、このブレイクが一過性ではなく「真の強さ」だということを証明した。進化したベテラン・志智が今年のビッグ戦線をますます賑わせてくれそうだ。
大ギアを踏みこなすために「体重増加」と「体の使い方の研究」
 キッカケとなったのは3年前。37歳の志智は、すでに中堅からベテランの領域に入ってきていた。だが当時の成績は決して芳しいものではなく、志智自身も悩んでいたという。
「30代の中盤、35歳くらいに自分なりですけど、ちょっと良いときがあって、捲りが決まったりしていた時期があったんです。でも、そのあとに膝を壊して、痛みが出てくるようになり、そこから低迷してしまいました…。そんなとき、3年前に山田裕仁(岐阜・61期)さんと一緒に練習をやらせてもらうようになって、そこで、いろいろ教えてもらいました。山田さんは近くにずっといた先輩だったんですけど、今は引退された斉藤正剛(北海道・66期)さんが慕って冬季移動に毎年来ていたんです。それで僕がモタモタしているというか、良くなくなってきたときに、『お前もちょっと山田さんに見てもらえよ』と言ってもらえて。自分も40歳が近づいてきて、このまま終わっていくんじゃないか…と思っていたんです。裕仁さんは日本一になった選手ですし、ノウハウとか、練習についても、いろいろ考え方を教えてもらって、もしそれでダメなら仕方ないなと、そういう感じでお願いしたんです」
 山田裕仁との練習では、多くの「気づき」があった。トップを走り続けてきた男の勝負哲学に触れたことで、競輪に対する考え方も変わってきた。
「今までの自分は、ここまでの結果が出せるような練習をしていなかったと分かりました。裕仁さんからは『これが当たり前なんだぞ。まだまだノウハウの中の数パーセントしか出していない、それくらい当たり前のことをお前はしていなかったんだぞ』と言われて。結果を出していないのにどうしてこういうことをやらなかったのか、自分でも改めて考えるようになりました。今までは、ちょっと練習して、結果が出なかったら、すぐに『これはいかんのかな』と思ってしまったり、ただ自転車に乗っているだけの単調な練習だったんですよ。今思えば、やってないよりもやった方が良い、そのくらいの練習でしたね」

今年1月の京王閣記念ゴール、
直線一気の差し脚で優勝。
 山田との練習を積み重ね、40歳を迎えてから一気に開花。昨年11月には深谷知広を差し切って大垣記念を優勝、年始の岐阜FIも優勝すると、京王閣記念ではS級S班の面々を相手に、シャープな差し脚で優勝をさらった。ここでのキーワードになるのが「ギア倍数」。大垣では4回転を、京王閣では4.15のギアでの優勝だった。
「ギアは段階的に上げて来たんですけど、やっぱり4倍がスタンダードみたいな時代になって、それよりもアドバンテージを持とうと思ったら、それより上げた状態で戦うというのが基本かなと思って。ちょっと頑張って、昨年の秋くらいに4倍に上げたんです。それまでは3.86で走っていたんですけど、自分の中で限界があるなと思ったし、だいぶ4倍を踏めてきたなと思ったときに、大垣記念を優勝できました。でもみんなが4倍になったら、一緒になってしまうので、それで4.15にチャレンジしてみたら、京王閣記念で優勝できました。またみんなが上げて来たら、自分もさらにいこうかなとは思っています」
 だが大ギアは一朝一夕で踏みこなせる代物ではない。そこに関しても、志智はしっかりと布石を打ってきている。
「大ギアを踏むにはパワーが必要ですからね。だから今も頑張って体重を増やしているんです。元々は73㎏から始めて、今は80㎏になりました。でも裕仁さんには『あと5㎏増やせ』と言われているんです。裕仁さんと一緒に練習して、ご飯も食べたりするんですけど、最初は全然太らなくて。そうしたら『元々食べてないだろ!』と(苦笑)。僕は元々、そんなにたくさん食べられる方ではなくて、逆に痩せろと言われればすぐ痩せられるんですけどね。頑張って体重を増やしていますけど、維持するのもけっこう辛くて、だから今は、力士の方がよく『食べるのも稽古のうち』と言っているのが、よく分かるんです(笑)。
 それともうひとつは体の使い方ですね。10年くらい前から動きのトレーニングに取り組んできました。数年前からは栢野忠夫さんの『動く骨(コツ)』という本も参考にして、トレーニングをして、身体の使い方を意識してきたから、ギアもうまく使えるようになってきたと思いますね」
GI決勝を目標に、何とかやってやろうという気持ちです
 こういった努力の一つ一つが好調の波を呼び込んでいる。2月に行われた全日本選抜(GI)では3勝を挙げるなど、ビッグレースでも戦える手応えを掴んだ。
「京王閣記念はたまたまコースがあいたのもありますが(笑)、伸びる脚があったので、自分でも評価してもらえるかなと思いますし、全日本選抜も、自分ではGIの3勝はすごいことだと思います。でも、すんなり回ってきての3勝なので、評価してもらえるのは嬉しいですけど、まだまだとは思っています。準決勝も大事なところで甘いレースをしてしまいましたしね。ただ、後援会も作ってもらって、大垣も京王閣も全日本選抜でも、勝つとすごく喜んでもらえるし、それに家族も子どもも応援してくれています。そういう声に応えようと思う気持ちが、よけいに強くなってきたかなと自分でも思います」
 今年の目標を聞くと「GIの決勝に乗ること」とキッパリ。自転車をこよなく愛する志智が、プロの競輪選手となり20年が過ぎた。そして今、円熟と進化の両面を重ね合わせ、新たな一歩を踏み出した。 「自分は自転車が好きで、それで競輪選手になったんです。自転車で競走するというのは分かっていましたけど、競輪自体をあまり分かっていない状態で選手になって、今まで時間がかかった感じはありますけど(苦笑)、ちょっとずつ自分の視界にいろんなことが入ってくるようになりました。この前もGIで準決勝まで乗れたんだから、ここで勝てばまだ上があるんだなと思えば、またやる気が出てきましたからね。今年始まるときにGI決勝を目標にしていて、何とかやってやろうという気持ちがありますし、そのつもりで一生懸命トレーニングに励んでいるので、何とか結果を残せるように頑張っていこうと思います」
志智俊夫 (しっち・としお)
1972年9月3日生まれ、40歳。身長173㎝、体重80㎏。在校成績は21勝で25位。最近の練習は「午前中はロードを走って、午後はバンクに入ってモガキ、ほぼそれですね。あと今は食べることもトレーニングなので、朝ご飯、ロード、昼ご飯、バンク、夜ご飯と1日5回のトレーニングです(笑)」