インタビュー

ゴール後、噛みしめるように右手でガッツポーズを見せた。デビューから最速で勝ち取った初タイトルから3年。深谷知広が7月の寬仁親王牌で2度目のGI優勝を達成した。圧倒的なスピードはもちろんのこと、巧みな組み立てで手繰り寄せた栄冠は、確実な進化を感じさせるものだった。
寬仁親王牌の決勝はニュー深谷が出たかなと思います
「本当に直前まで調子が悪かったですし、すごく不安な開催ではありました」

 7月の寬仁親王牌・世界選手権記念トーナメント。もちろん、ここでも優勝候補に推された深谷知広だったが5月の平塚記念優勝後は、6月の高松宮記念杯、久留米記念、そして7月の小松島記念と準決勝で敗退する開催が続いていた。
「今年に入ってから思うように練習できないときもありましたし、練習中に落車もしてしまって…。期待もされますし、車券も人気になるんですけど、思うような攻める走りがうまくできなかったです。記念でもかなり悪かったので、ちょっと時間がかかるかなと思っていました」

 狂ったリズムを取り戻すため、深谷が下したのは「静」ではなく「動」の選択だった。
「直前に高地トレーニングをしてから、開催に入りました。不安はありましたけど、あそこで強めの練習を入れたことが良かったのかなと思いますね」

 初戦から手応えがあった。初日の日本競輪選手会理事長杯は、逃げ切り勝ち。準決勝では、逃げる中川誠一郎を10秒7のまくりで捕えて1着突破。迎えた決勝戦は、単騎が4者もいる特殊なマッチアップとなったが「前年も単騎が多くて、ラインが2つあって、同じような感じだったので、どうしようかなという感じはそんなになかったです。意外と珍しく落ち着いていました」と決戦前の心境を振り返る。

7月・寬仁親王牌の決勝戦ゴール。
(1)深谷が2個目のタイトルを獲得した。
 レースの大きなポイントとなったのは打鐘過ぎだった。前受けの深谷に対して、赤板から単騎勢が次々と上昇。深谷はいったん引くが、中川誠一郎を先頭とする九州ラインが打鐘で踏み上げると、内を突いて前団に進出。最終ホームでは、深谷が中川の番手に入る形となり、最終2コーナー過ぎにまくりで抜け出すと、マークの浅井康太を振り切って優勝のゴールへ突き抜けた。
「打鐘で内が開くのを確認してから入っていきました。いつもなら引いているところですけど、単騎の場所と、九州ラインの場所を全部把握できていました。珍しくレースが見えていましたね。(番手に)入ってからも落ち着いて、井上(昌己)さんが来ないように、かぶる前に踏もうと思いながら走っていました。番手に浅井さんがいるのも分かっていましたし、しっかりゴール前勝負を2人でしたいなと思っていたので、半周、頑張って踏みました。手応えもすごくありましたね」
 いつもの豪快なレースとは一線を画した、組み立ての「巧さ」が際立ったレースだった。
「中川さんが強かったですが、結果的に、その中でうまく戦えました。普段やらない走りで優勝できたので、ニュー深谷が出たかなとは思います。でも、ああいう走りにはなるべく頼らないようにする、そういう意識はしています」

 11年6月の高松宮記念杯で、デビューから684日という史上最速GI優勝。あの輪界を揺るがしたインパクトから3年、2個目のタイトルを切望していたファンから惜しみない歓声が送られた。
「約3年、間がありましたが、ある程度タイトル争いはできる位置にずっといたので、長く感じることはなかったです。思い返したら3年もかかったなと思いますが、ずっと勝負してきた中での結果ですから。でも、みんな期待してくれていたと思いますし、やっぱり優勝はすごく嬉しいことでしたね」
初タイトルから3年、長く感じることはなかったです
 歓喜の優勝。だが、それと同時に、もう一つの感情が心の中に生まれていた。
「今回は自粛組がいなかったですから。次に向けて頑張る、というのが終わった直後から思っていたことでしたね。いない中でも、自分たちが頑張らないといけないとはずっと思っていました。多少はプレッシャーもありましたが、なかなか休めずにフルで動いてきたので、ちょっと疲れましたね(笑)」

 8月開催から自粛組も徐々に戦列復帰。向日町記念では村上義弘らと対戦、優勝こそ逃したが、求めている戦いがそこにはあった。
「近畿をずっと引っ張っている選手ですし、村上さんの存在感は違うので、周囲の選手もピリッとしますよね。久しぶりに一緒のレースを走って、すごく緊張感がありましたが、楽しさもありました。昨年は武田(豊樹)さんが半年くらい欠場しただけでも、普段と違う雰囲気だったので、今回も多くの選手がいなくなり寂しかったし、また一緒に走れることを楽しみにしています」

 9月には第57回オールスター競輪(GI)が控えている。2年ぶり2度目のファン投票第1位にも選ばれた。注目度、期待感、そのすべてが格段にアップする目の離せないシリーズとなりそうだ。
「ファンの人に選んでもらったことは非常に嬉しいことです。自分の頑張りだけでは選んでもらえないですし、みんなの期待が集まっての結果だと思っています。みんなが戻ってくる次のGIがオールスターなので、そこで優勝すれば、寬仁親王牌優勝の価値ももっと高くなると思っています。そこに向けて頑張ろうと思います」

 2個目のタイトルを獲得した今。最後に、深谷知広が思い描く「理想」を聞いた。
「期待に応えること、それが一番だと思っています。あとは、目標としてずっと見ているんですが、村上さんや武田さんに追いつけるようになりたいです。そのためにも一走、一走しっかりと期待に応えられるように、これからも一生懸命頑張りたいと思います」

 もっと速く、もっと強く。進化し続ける深谷知広が、ひとつの時代を築き上げていくのか。伝説は、すでに始まっている。
深谷知広 (ふかや・ともひろ)
1990年1月3日生まれ、24歳。身長169㎝、体重90kg。オールスター開催の前橋バンクは「相性良いですよね、とけっこう言われるんですけど、そこまで良くはないんです。1回優勝したとき(11年高松宮記念杯)だけ良かっただけなので、しっかりと対策していきたいと思います」