インタビュー

長尾拳太 岐阜103期A級2班
天下取りへ一歩
 『誰にも負けたくない』という焦り。『結果ではなく、次につながる内容』を求める向上心。その2つが入り交じって、力を出し切れないほろ苦い3日間となった。台風一過の蒸し暑い日が続いた8月11日からの高松FI。初日はきっちり主導権を奪い逃げ切った。準決も逃げたが、番手を他のラインの自力型に奪われて5着に沈んだ。最終日は別線に先まくりを打たれて届かずの2着だった。

長尾 拳太(岐阜 103期)
 103期在校成績2位と鳴り物入りで昨年7月にデビュー。同年12月のチャレンジファイナルでA級2班に特昇した。しかし本人は納得していない。「チャレンジ戦はあっさり9連勝でクリアするつもりだった。それができなくて…」。焦る理由はあった。同期では川口聖二、野原雅也、栗山俊介の3人が先にS級昇進を決めていた。「特に川口とは高校のジュニア時代から意識しあってきた仲間だったから」と話す。負けん気の強さは、競輪選手に憧れた幼少時代から筋金入りだった。岐阜競輪の近くでラーメン屋を営む祖母に連れられてバンクは身近だった。長尾にとって競輪は憧れのプロスポーツとなり、自転車競技部のある岐阜第一高校に入学。高校のOBには北京五輪銅メダリストの永井清史もいて、自然とプロレーサーを目指す道を選んだ。
 年頭からのA1・2班戦は、コンスタントに決勝に進むなど順調だったが、5~6月にかけて準決が壁になった。「勝ちたい気持ちだけが先走ってレースがちぐはぐになった。それにこのままS級に上がっても通用しないまま終わってしまうことに気付いた。力を出し切る内容を求めていこうと考えた」。主導権を奪うレースが増えることでライン戦の大切さも覚え、また結果も伴ってきた。
 「今は焦ってS級に上がることは考えてません。バンクに行けば竹内雄作さんや冬季移動で来る菊地圭尚さんとS級で活躍する選手もいて刺激には事欠かないし、デビューから1年たって練習では底上げできている実感もあります。まずはS級に定着できる実戦力を身につけて頂点を目指したい」。
 夢の扉となった競輪場から岐阜城が見える。その天守閣から濃尾平野を見渡し織田信長は天下を夢見た。そして長尾の天下取りの物語は始まったばかりだ。


高松競輪場より