インタビュー

松田 大 富山 98期 A級1班
やっとたどり着いたS級舞台
 在校成績6位と、競輪学校を上位で卒業したのが5年前。しかし、チャレンジに甘んじること5期、2年半。楽観的な性格も原因となって、A級時代が思いのほか長引いてしまった。「レースが難しかった。今、思うと練習も足りていませんでしたね。特別昇班は無理でも、A級2班にはいつでも上がれると考えていた。なめてましたね」。

松田 大 富山 98期
 大きな転機となったのはデビュー2期目。競走得点が70点を割った時に「これでは選手生命が終わってしまう。やばいと思いました」と危機感を感じた。そこで変えたのが戦法。もともと、マーク選手になってもよいと考えていた競輪への取り組みを、先行基本に根本からチェンジ。風を切ることにこだわることにした。
 「1着を取れる確率が下がっても、先行した方が点数が上がる。それにまくりではけん制されて落車したこともあった。チャレンジでまくりが止められるようでは、僕の脚質はまくり型ではないことにも気付いたんです」。自分で感じて決めたところに価値があった。
 その後は先行あるのみ。A級戦での優勝はわずか1回のみだが、この名古屋まで13場所連続で決勝進出を果たした安定感が光る。やはり一番の刺激は同期の存在だ。「原田(研太朗)や箱田(優樹)は強い。ただ、同期同班の川口(公太朗)にS級昇級を先に越された時は精神的にダメージがありました。僕も早く上がりたいと思いましたね」。
 今も先行は好まない。練習だって本当は嫌いだ。でも負けたくない思いは持ち続けている。「最近は休みの日も自転車に乗っています。もがかなくても長く乗るようにはしているんです。上で頑張らないといけないですからね」。1月からのS級戦については「スピードがないのがどうか」と不安を隠さないが「まくって勝っても意味がない。先行にはこだわらないが、とにかく前々に踏みます」ときっぱり。どこまで通用するか、楽しみな選手である。


名古屋競輪場より