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井寺亮太 長崎 A級2班
思い出の観客席へアピール
 井寺亮太は2021年5月14日付で、福島から長崎へ移籍した。「1年ほど前に父をガンで亡くしました。福島から長崎の実家にたびたび帰省するなど忙しくしていたこともあって、佐世保に戻ることに決めました」。長崎県佐世保市で育った井寺は、幼少期から父に連れられて佐世保競輪場で観戦し、選手に憧れた。「いつも金網の外からレースを見ていた。いつかは自分がバンクの中で走りたいという気持ちがありました」。父との思い出が詰まったスタンドに目をやった。
 神奈川県横須賀市の自衛隊員を育成する学校に進学した。「学校を出て陸上自衛隊に1年ほど務めたが、やっぱり競輪選手になる夢は諦めきれなかった。それで福島にある競輪道場の門を叩きました」。飯野祐太に師事し、2018年7月、26歳で前橋デビュー。だが、ぜひ走りたいと思っていた佐世保はなかなか走る機会がなかった。デビューから3年近くが過ぎた今年3月、初めての佐世保参加が巡ってきたが、「ミッドナイトで無観客だったので、特に気持ちが高ぶることはなかったですね。まだ福島と長崎を行ったり来たりしていてコンディションも最悪でした」と、満足な走りはできなかった。
 移籍を経て、7月8日からのFIナイターで再度、佐世保に参戦した。今度は地元戦として走る郷里のバンク。憧れの井上昌己も参加する大会で、「ここが再デビュー戦だと思っています」と気持ちを新たにした。父と並んで座っていた観客席を金網の内側から見渡し、ファンの声援を受けながら力を出し切る競走を貫徹。3日間とも自力勝負で2、4、2着と結果も残した。
  「状態は良かった。これからも自力で主導権を取りにいく。先輩やファンのみなさんにも、名前と顔を早く覚えてもらいたい。しばらくは馬車馬のように駆け回ります」。積極駆けで〝長崎の井寺〟をアピールしていくつもりだ。


佐世保競輪場より