今期から初のS級入りを果たして奮闘を見せているのが三重の伊藤裕貴だ。得意のまくりだけではなく、近況は先行にも磨きがかかってきて、今後の成長が大いに期待される逸材だ。浅井康太や柴崎兄弟など兄弟子たちの背中を追いかけ、S級戦で感じた課題をひとつずつ克服していく。
周りの評価と自分の評価にギャップを感じています
2011年7月に富山競輪場でデビュー、今年で選手生活は4年目に突入した。今期からは初のS級入りを果たすなど順調に映るが、本人の評価はやや異なっていた。
「3年でS級に上がれて、ここまであっという間でしたね。でも100回生の中で一番早くチャレンジレースを抜けることができたのに、そこからちょっと足踏みをしてしまって、自分の中では『遅かったかな』というのはありました。今となっては、それはそれで良い経験を積ませてもらったと思っています」
一番乗りで特別昇班を果たし、チャレンジを卒業したのが2011年9月。その後はA級1・2班戦でもハイアベレージを残した。今年の前期も6度の優勝を果たすなど、安定度は光った。だが特別昇級を惜しいところで逃すなど、常に課題と向き合い続ける日々でもあった。
「デビューしたころは、そこまで先行に対してのこだわりもなかったし、まくりが多かったんです。下積みというわけではないですけど、もうちょっとA級のときに先行、特に抑え先行を勉強してきても良かったかなと思っています」
「まくりが得意」は不変だが、近況の伊藤は今まで以上に積極的なレース運びが目立つ。直近4カ月(8月31日現在)のバック本数は17本、連対時の決まり手も69%が「逃げ」となっている。
「今は大ギアの時代ですが、自分にはパワーが無くて、先行しても踏み上がらないし、全然タイムも出なくて……。まくりだったら、力を使わずにいくことができましたが、先行が苦手で、全然できていなかったので、大ギア時代に自分の中では『出遅れた感』がありましたね」
壁にぶつかったとき、活路を見出すきっかけとなったのが先輩たちの助言だった。伊藤は、いまや中部の一大グループとなった「北勢クラブ」に所属している。S級S班の浅井康太や、柴崎淳・俊光などS級上位で活躍する面々が「兄弟子」。抜群の練習環境で、「先行力」が育っていった。
「練習を見直して、先輩たちのアドバイスももらいました。スピードはデビューしたころよりも付いたかなというのはあったので、レースの中で余裕が持てるようになったら、自然と先行もできるようになったという感じですね。まくりの方が得意ではあるんですけど、自分の力、練習のタイムも上がってきたと同時に、先行にも自信がついて、先行しても残れるようになってきましたね」
7月からのS級戦では、5場所を走ってFI戦では4度すべて決勝に進出している。成績的には安定感が光っているが、ここでも伊藤本人は厳しい評価を自身に下す。
「周りの評価と自分の評価が違いすぎています。記者さんも、周りの先輩方も良く言ってくれていますが、そこまで自分の評価は高くないんです。そこにギャップがあるし、そこまで自信があるレースがまだできていないので、勢いのまま来ているだけなのかなというのはありますね。
A級のときは自分がミスをしても巻き返せるかなというのがありましたけど、A級が弱いというわけではなく、S級はみんなが強くて、甘くないです。自分のレースができなかったときに脆さが出るので、まだまだ自分の力が無いのかなというのはありますね。自分に力が無いから、自分のレース以外では勝てないのかなと。もっと強い人はどんな展開でも巻き返せると思いますから」
またラインの先頭で大役を任されるケースも増えている。松阪FI決勝では番手の萩原操が優勝、武雄FI決勝では濱口高彰、吉田敏洋がワンツー、そして豊橋記念の準決勝では金子貴志が番手から1着を奪取した。
「そうですね。でも松阪の決勝も自分のレースをして抜かれた、自分が弱かっただけです。武雄の決勝も、豊橋の準決勝でも、そういう場面でしっかりと自分の役割はできていると思いますが、あの展開でも9着は取りたくないですよ。僕が強かったら4コーナーまでいっていたと思うし、自分に脚が無いからああいうレースしか今はできないのかなと思います。あんなレースをする度に、悔しい思いはしますね。悔しいです。今でも先行したときは(後ろから)いつ来るか、いつ来るかと思いながらビクビクしながら先行している感じがありますから。これからもっと力をつけて、あのような展開でもしっかりと残れるようになっていきたいです」
試したいことが一杯あって今は充実していると思います
初の記念出走となった豊橋では1着3着9着5着。ここまでの開催を通じて、新たな課題も見つかったという。
「パワーですね。記念に出たときも思ったんですけど、自分は体の線が細いなと。上位の人は、体がごついというか大きい。ちょっと今のままでは自分は戦えないなというのは感じました。ここまでは自転車に乗るだけでウエイトトレーニングはしてこなかったですし、もっとプラスアルファをしていかないといけないなと思いますね。ここ5戦くらい走って、自分に足りないものが見えてきましたし、それが良い風になるか悪い風になるか分からないですが、試したいことは一杯あるので、最近は充実している感じはあります」
「強い人がたくさんいるので、自分は挑戦したい気持ちは強いです」とした上で、現状を「楽しいです」と語る。頼もしい一言だろう。強い気持ちを持って、これからもレースに挑んでいく。
「先行するにしても残りたいし、先行しただけで満足というのは嫌なので先行するなら残るという自信があって先行したいと思っています。でもそこが僕の甘さだとも思うんです。それで躊躇してしまう場面も最近でてきているので、そういうところはもうちょっと意識改革していかないといけないですね。基本は自分でレースを動かして、先行にしろまくりにしろ、タテで勝負したいというのはありますが、S級はそれだけでは勝てないし、引けないときは横も大事だとは思っています」
今の目標は「兄弟子と同じ舞台で」走ること。それは同時にグレードレース、ビッグ戦線での活躍を意味する。三重から新たなスターが誕生するか、これからも懸命に兄弟子たちの背中を追いかけていくだけだ。
「兄弟子にすごい人がいっぱいいるので、まずは先輩たちと一緒の舞台で走るところまでいきたいです。そこが今の目標で、優勝とかはそのあとだと思います。今の自分の力では、まだまだだと思っているので、これからもっと努力して、大きな舞台に立てるようになるので応援よろしくお願いします」