自転車競技

UCIパラサイクリングトラック世界選手権2015レポート
鹿沼&田中が銀と銅、藤田が銀メダル獲得!
 3月26日よりオランダ・アペルドールンで開催されたUCIパラサイクリングトラック世界選手権2015にて、鹿沼由理恵(楽天ソシオビジネス株式会社)とパイロット田中まい(日本競輪選手会)のペアが、個人追抜[障害クラス女子B]で銀、スプリント[女子B]で銅と、2種目でメダルを獲得した。また、藤田征樹(日立建機株式会社)が個人追抜[男子C3]で銀メダルを獲得した。

 石井雅史(公益財団法人藤沢市みらい創造財団)も1kmTT[男子C4]で4位と健闘。また、自転車競技の経験は浅いが今後が期待される若手の藤井美穂(楽天ソシオビジネス株式会社)も含め、日本の出場4選手(パイロットを除く)全てが出場全種目で入賞した。

 リオデジャネイロパラリンピック自転車種目の国別出場枠獲得にかかわるUCIポイントが獲得できるのは、IPC(国際パラリンピック委員会)発表の資料「Rio 2016 Paralympic Games Qualification Guide April 2015」によると、2016年3月27日までに行われる対象大会。この時期は各国とも、最後の踏ん張りどころのシーズンだ。同順位でより多くのUCIポイントが獲得できる世界選手権での健闘で、日本は着実にリオへとまた大きく前進した。

【1日目】26日は、男女各クラスのTT(男子1km、女子500m)が行われた。

 石井は今回、男子C4クラスで4位。1位は英国のスター選手ジョディ・カンディ、2位は昨年のパラサイクリングトラック世界選手権のセンセーショナルな走りで注目を浴びたスロバキアのヨゼフ・メテルカ、そして3位は石井のパラサイクリング国際戦デビュー以来のよきライバル、チェコのイェリ・ボウシュカ。表彰台まであと0.015秒及ばなかったが、この手強い顔ぶれと勝負ができるところまで来た。
 2009年の落車での大怪我による新たな手の障害も残るなか「北京パラリンピックのタイムは忘れて、復帰以降の自己ベストを縮めていく」と粘り強く努力を続けてきた石井。昨年は好タイムが出やすいと言われる高地アグアスカリエンテスでの1kmTT4位だったが、標高の低いオランダでの今大会でメダルに手が届きそうな手応えを得て、石井は安堵と喜びの表情を見せた。「これで自分もチームの戦力になれると思うと、うれしいです」。
 鹿沼&田中のペアも惜しくも4位だが、やはり3位と僅差のタイム。乗り始めたばかりの頃より、体力も技術も徐々に向上してきた鹿沼ペア。世界上位の力を持つことは誰もが認めるところとなった。

石井の1kmTT
 

【2日目】27日はC1~3クラスの個人追抜(各クラス男女別)が行われた。

 藤田は予選で2位となり、金銀決定戦へ進出。対戦相手はヒゲが印象的な隻腕ライダー、ジョセフ・ベルニー(米国)だ。タイムでは格上の相手だが、藤田は最後まで走りきり、価値ある銀メダルを獲得した。北京パラリンピック後のクラス再編で藤田が現在のクラスになってからは、パラサイクリングトラック世界選手権では初のメダルだ。停滞していたわけではない。しかし、タイムを縮めても他国も縮めてくる。苦しい時期が何年も続いた。受け身だけでなく自分自信でトレーニング方法を考え、試す日々が続いた。
 自転車用の義足も一新した。「義肢装具士の齋藤拓さんが『はいこれ』って渡してくれたんです。今までみたいにこちらが希望を言わなくても。これまででいちばんいい義足です。踏みやすい」と藤田。海外遠征に日本チームスタッフとして何度も帯同した齋藤さんが他国の選手たちの義足や走りを見て自分の引き出しに取り入れ、丁寧に研究した結果だ。
 「C3になってから何年もかかって、やっとここまで来れました。ここから、あとはタイムを縮めていくだけです。」と藤田は感慨深そうに語った。

藤田、個人追抜[男子C3]

個人追抜[男子C3]表彰
 ちなみにベルニーのヒゲは、出走時にはまとめてボリュームダウンしている。
(ヒゲの空気抵抗で負荷トレーニングというジョークもささやかれている)
 藤井も、始めた頃の最下位より順位を上げてきた。
「初めてのトラックの世界選手権で緊張しました。他国の(大腿切断の)選手を見ると、足のまわしかたもカクカクしないできれいで勉強になります。今日は、タイムは言わなくていいから応援してくださいとお願いして。みんなの声がよく聞こえました。そのおかげで個人追抜は30秒も自己ベストを更新できました。世界の中の位置や、どのぐらいのタイムを目標にしたらいいかもわかりました。まずは、今日の対戦相手だったチェコのテレサを抜くのが目標です」

藤井、個人追抜[女子C2]
 

【3日目】28日は、男子および女子の、BとC4~5の個人追抜がそれぞれ行われた。

 大会前の公式練習日に「今大会で狙っている種目は、鹿沼さんが狙っている個人追抜です!」と田中まいが語ってくれたとおりに、鹿沼ペアは銀メダルを獲得。
 予選タイム2位で決勝のゴールドマッチ(1-2位決定戦)に勝ち上がり、ニュージーランドのペア、エマ・フォイ&フェアウエザー・ローラに破れての2位だ。
 個人追抜[女子B]の表彰のメダルプレゼンターにはブライアン・クックソンUCI会長が登場し、会場を盛り上げていた。
鹿沼・田中ペア 個人追抜[女子B]
 
 
個人追抜[女子B]表彰

表彰のあと、クックソン会長と

【4日目】最終日の29日はC1~5男女混合のチームスプリント、男子および女子のBクラスのスプリント、男子および女子それぞれでC1~3混走とC4~5混走のスクラッチが行われた。(女子C1は参加選手なし)

 鹿沼&田中ペアは前日の銀に続いてこの日もスプリントで銅メダルを獲得した。
 鹿沼&田中ペアはまず予選4位で準々決勝へ。
 準々決勝で勝った4ペアは準決勝に進み、負けた4ペアは5-6位と7-8位決定戦へ回る(UCI規則16.8.008)ことになるが、ここで日本はギリシャのペアから2本先取、準決勝へ勝ち上がる。
 準決勝で勝った2ペアはゴールドマッチ、ほかの2ペアはブロンズマッチ(3-4位決定戦)へ進むのだが、日本はこの準決勝で、昨年のスプリントとTTの世界チャンピオンであるソフィ・トーンヒル(英国)のペア(※)と当たる。力の差で2本取られ、日本はブロンズマッチへ。

[註※ パイロットは、昨年大会はレイチェル・ジェームズ、今大会はヘレン・スコット。]
 そしていよいよブロンズマッチへ。相手は、個人追抜では勝てなかったニュージーランドペア。しかし日本は1本目を先取すると2本目、フィニッシュ前で次第に相手との差をひろげてゆき、もうひとつのメダルをしっかりとつかみとった。
「相手は(準決勝で)3本走っていたから、運もよかったんだよね」とうなずきあっていた二人。だが、自転車に転向する前にはクロスカントリースキーでも将来を嘱望されていた鹿沼の基礎体力と、練習を重ねることで走りきる力や技術が徐々についてきたことも、その運を引き寄せたのだろう。
 静止からフルスピードまでの緩急の動きや、タンデム2台の複雑なラインのクロスが多い男子Bに比べると、スプリント種目が導入されて間もない女子Bではまだ「速い方が勝つ」という印象の対戦が多い。女子Bのスプリントの内容には各国ともまだこれから大きな伸びしろがありそうで、今後が楽しみな種目だ。

鹿沼&田中ペア、スプリント[女子B]予選

鹿沼&田中ペア、スプリント[女子B]準々決勝

鹿沼&田中ペア、スプリント[女子B]準決勝

鹿沼&田中ペアスプリント[女子B]決勝
ニュージーランドペアを引き離して飛び込んできた鹿沼&田中ペア

スプリント[女子B]決勝
鹿沼&田中ペアのウイニングラン
 

スプリント[女子B]表彰

会場は2011年に健常者の世界選手権が開かれたアペルドールン。
ガッツポーズのムルダーが玄関でお出迎え
 

藤田と柿木コーチ

今大会の日本チーム
 

 昨年夏のパラサイクリングロード世界選手権から、パワーデータ解析で著名な柿木克之コーチが、パラサイクリングチームに帯同を開始。今大会のデータもフィードバックする予定だという。今大会でも、ペダリングやペース配分へのアドバイスがいいリザルトに結びつく手応えがあったと選手たちは言う。
 

ムルダーがパイロットとしてデビュー

 視覚障害選手の前に乗るパイロットを健常者の世界選手権でも名を馳せた選手が務めることは、2009年頃からジェイソン・クアリーがパイロットとして走るなど英国で動きが始まり、今では特に珍しくない。競輪でもおなじみの選手ではほかに、2009年のパラサイクリングトラック世界選手権でデビューして以来、すっかりパラサイクリングチームの一員となったスペインのホセ アントニオ・ビラヌエバをはじめ、昨年のパラサイクリングトラック世界選手権ではシュテファン・ニムケ、今大会ではテーン・ムルダーがタンデムパイロットとして公式戦デビューした。
 UCI規則(2014年2月1日版)では、出場するパラサイクリングの大会までの間の一定期間に、UCI登録チームのメンバーだったプロ競技者や、五輪や世界選手権などの自転車の主要大会でナショナルチームに選抜された選手はパイロットとして参加することが認められていない。逆にいえば、この定められた期間(UCIプロチームの選手や世界選手権に選抜された選手の例では24ケ月)を経過すれば、出場が可能ということになる。
スクラッチ[男子C1~3]。パラサイクリングトラック世界選手権で、C の複数クラス混走の
スクラッチも数年前に始まった。(日本選手は今回出場せず)。
 

日本チームの成績

▼鹿沼由理恵・田中まい
1kmTT[女子B]4位 1分10秒855
3km個人追抜[女子B]2位
スプリント[女子B]3位

▼藤田征樹
1kmTT[男子C3]7位 1分12秒960
3km個人追抜[男子C3]2位

▼石井雅史
1kmTT[男子C4]4位 1分9秒130
4km個人追抜[男子C4]8位 4分56秒662

▼藤井美穂
500mTT[女子C2]7位 54秒724
3km個人追抜[女子C2]7位  5分17秒991
PHOTO/REPORT:佐藤有子
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