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 競輪選手が使用している自転車はシンプルな構造です。変速機もなく、ブレーキもありません。フレームから、ハンドル、サドル、チェーンの部品は、通称「NJS」という規格に適合しています。公正で安全な競輪競走を行うため、厳しい基準をクリアしている部品は、世界的に見ても他の追随を許しません。

 「NJS」部品がどのような思いを込めて作られているのかを紹介する新企画です。
今回は、ハンドルバーをはじめ、ハンドルステムやシートポストを製造している“NITTO”です。
プロが使う部品だからこそ、安全で、軽く、美しいモノを!
株式会社 日東(以下「日東」という。)の事務所に掲げられている社訓は以下の通りです。
ここに日東の目指す製品作りの姿勢が集約されています。

『NITTOは
1・グローバルなボーダレス市場に私達は、まず「安全」を売ります。
2・美しく、軽く、機能をそなえた製品を、私達は作ります。
3・優れた製品を作るため、私達はたゆまぬ研さんを重ねます。
4・お客様にご満足いただける商品をお届けし、私達は国際社会に貢献します。
 好機がやって来た、皆で挑戦しよう chanceだ、challengeだ
 世界一のハンドルメーカーを目指そう』

「やはり安全を一番に掲げます。そして軽く、美しく、更には機能もしっかりしていないといけません。常に安全を意識し、定期的に安全テストを行っています。これは自転車のハンドルを作る上で一番大事なことだと思っているので、毎日朝礼で『お客様の安全、そして従業員の安全をよく考えながら作ろう』という話をしています。また、日東の製品は全て日本国内で製造しています。お客様に安心して使っていただくことが一番大事ですからね。
 特に、スポーツや競技用で使う製品は、タイムを上げるため、結果を出すためのものが求められます。どのような製品が必要かというと、軽量でないといけません。その上で、安全も優先しなければなりません。
 NJSの製品は、主にプロの競輪選手が使うため、考えられる材料の中で一番いい材料を使って製造しています。競輪選手が使う製品は、多くの人に見られるものなので美しくしよう!ということでピカピカに磨きあげています」
 日東の目指す製品作りについて、代表取締役の吉川章社長が説明してくれた。
 日東は大正12年に創業。創業当初はメッキ業者(当時は日東電鍍金工場という名称)から大正14年にハンドル製造の専門業者になり、現在に至る。競輪の製品を作っているのは昭和23年から、つまり競輪が始まったときからである。そして、現在唯一のNJSの認定を受けたハンドルバー、ハンドルステム、シートポストのメーカーだ。

 工場を見学すると、一心不乱に働く職員たちがいた。作業する手元を見る眼差しの真剣さ、一つ一つ丁寧に作り上げていく様子は、「一心不乱」という言葉がぴたりと合う。
「ハンドル工場の設備は、他の工場にない設備が多いんですよ。売ってないから自作した設備はけっこうあります。こういうものを作りたいというアイデアはあっても、それを作るための設備を作るのが大変ですね。
 手作業でハンドルなどの製品を磨くため、一日に多くを磨くことはできません。過去に機械で磨こうと試したことがあるのですが、やはり手作業で磨いた製品ほど味が出ないです。ミニサイクル用やアルミ素材の製品なども(機械で)磨けば美しくなりますが、でもA級品ではないです。B級品であれば中国や台湾でも作っているので、日東が作る必要はないので、B級品に品質を落として作ることは考えていないです。
 磨くための機械はありますが、ほとんど機械を使っていないです。特に競輪の製品は職人が一つ一つ顔が映るまで磨いています。顔が映るまで磨くと、アルマイトは乳白色になります。それはアルミの色です。でも、底光りしている方が、高級感がありますからね。「フレームから取り外したときに粗末だとダメだ」と会長がずっと言っていたんです。選手はフレームから部品を外して手入れをします。その時に手を抜いていると思われるわけにはいかないです。そのように細部までこだわった製品は、海外でも評価されますよ。やっぱり魂を込めてないとダメですね」
 製品を作るうえで大変な苦労をしているのだろうが、吉川社長は苦労を楽しんでいるかのように話してくれた。その大変な苦労を超えた先に、日東の目指す製品があることがわかっているからだろう。
「変速機であれば、“変速が早い”や“ギアの大きくなるキャパシティが広い”など、製品によって様々な特徴や機能を出せるのですが、ハンドルバーは手に持つだけの製品ですね。だから、極端な話、壊れないなら、素材は木材でもカーボンでも何でもいいんですよ。手の大きさは決まっているので、ハンドルバーの径の大きさも決まっています。滑らなくて、抜けなくて、少しクッションがあればいいので、「耕運機用ハンドルも自転車用の銀細工のハンドルも違わないよね」と他のメーカーさんに話したことがあります。
 でも、どこが違うかといえば、やはり精度ですね。これは作る人たちの考え方の現われでもあります。図面通りに出来れば、多少ばらついていてもいいじゃないかという考え方もあるかもしれない。でも、乗る人が平面においた時に左右が違って、カタカタと音がするようではダメですよね。
 以前、ミヤタの実業団に森幸春君というロード選手がいました。彼が選手だったときに日東のハンドルを使ってくれて、ロード選手を辞めてからサイクルショップの店長をしていますが、彼が「ヨーロッパ(の会社)のハンドルはけっこうガタガタして、気になるくらい寸法が出きていない」と言っていたことがありました。たぶん、ヨーロッパの会社にとっては微妙な寸法誤差のある製品を販売しても問題ないと考えているのでしょう。それをダメだと思うか、思わないかは作る人の考え方ですね。日東には、そこにはうるさい人がいっぱいいますよ。やっぱりこだわりがあるんですよね。
 世界で通用する製品を作るには、まず、世界基準で作らないといけないので、うちでは一番厳しい国の規格に合わせてずっと作ってきました。
 その中でも、NJS部品を製造する際は、日東ではそれを上回る基準にしています。壊れない製品を作るために徹底的にこだわっています。
 買った選手に『これで大丈夫かな?』と思われてしまうような製品はダメです。やはり選手が使用する製品です。レース中に心理的な不安がよぎらないように、安心してもらわないといけません。また、競輪は車券を買うお客さんがいます。お客さんも自転車の製品のために負けたというのは納得いかないでしょうから。だから、絶対に問題のないようにしようと、注意は払って作っています」
 NJS刻印がされた製品がアメリカのバイクメッセンジャーの間で人気がある。
「外国のお客さんは『メイドインジャパンの製品が欲しい、特にNJSのマークが入った製品が欲しい』と言うんです。なぜかと聞くと、シングルスピードに乗るメッセンジャーが『これは日本のプロが使っていて、壊れないからいいんだ』って言うんです。他の製品は1年くらいで壊れるけど、NJSマークの入った製品は、毎日200km以上を3年乗って壊れなかったんだそうです」
 こだわって作った成果は、日本だけでなく世界の自転車乗りにも伝わるのだ。
「新製品は、だいたい月一回くらい出しています。レース用だけではなく、一般用やマウンテンバイク用など様々な製品を出しています。トラック用は半年以上かけて、じっくり作っています。
 現在、男子競輪ではカーボン素材の部品はありませんが、ガールズケイリンやオリンピックのときに役に立つと思って、カーボン素材について基礎データを取っています。鉄素材とアルミ素材は分かるけど、カーボン素材は分からないことがあるし、成形方法を間違えると危ない素材ですからね。まずはロード用の製品を作り、将来はトラック用も研究しながら作っていかなくてはいけないかなと思います。トラック用は別格の強度が必要ですからね。オリンピックなどに向け、技術は世界での戦いです。やはり東京オリンピックで日本の製品に乗って欲しいですからね」
 今までの経験を活かしつつ、日東の新たな試みはこれからも続いていく。
 競輪という表舞台を支えるNJS製品。そのNJS製品一つ一つには、作る人たちの想いと信念があるのだ。その想いが競輪を支え、その信念が日本自転車産業界発展の礎となった。

お話をしてくれた代表取締役・吉川章氏

日東、福島工場

真っ直ぐだったハンドルを曲げているところ

ステムに穴を開けている

研磨。一つ一つを丁寧に磨く


研磨された製品を洗う。
洗われたばかりのモノの輝きは鏡のように光っている

製品に荷重をかけて検査する試験機