デュッセルドルフ通信 2006年7月6日
日本が生んだ国際自転車企業
SHIMANOは社会貢献事業にも積極的
ロードレースチーム「スキルシマノ」のジャージとレーサー
ロードレースチーム「スキルシマノ」のジャージとレーサー

 こんにちは。ヨーロッパでも本格的な夏到来!先日、世界最大級のロードレース、ツール・ド・フランスが今年もスタートしました。開催前日にランス・アームストロング引退後の優勝最有力候補と目されていたヤン・ウルリッヒとイヴァン・バッソがドーピング問題で出場停止。ただでさえ、群雄割拠で注目が分散していたところに、こんな問題が持ち上がっては、スタートから水を差された状態になってしまいました。ツールを中継するテレビ局の前宣伝では、ウルリッヒやバッソを大フィーチャーしていたのに・・・いまさら差し替えもできなかったのでしょう、その局ではVTRそのまま流してましたけど(苦笑)バッソはジロ・デ・イタリアを制し、ウルリッヒは直前のツール・ド・スイスに優勝して、のっていただけに惜しいですね。まだドーピングしたという証拠が見つかったわけではないのですが、疑いがあるということのようです。スーパースターのドーピングはファンに与えるショックも大きいですから、シロであって欲しいと願わないではいられません。
 最近の自転車ニュースは、ドーピングの話題ばかりで、がっかりさせられることが多いです。自転車に限らず、今のスポーツ界では次から次に新しいドーピング方法もしくは補助薬を使ってドーピングをしても痕跡を消す方法などが開発され、今度はそれを摘発する検査方法が生まれるというようにイタチゴッコになっています。ドーピング検査の内容が複雑化しているせいで、検査にかかる費用は非常に高額になり、大会主催者にとって大変な負担になっていることも事実です。頑張った選手に対する賞金や、見に来てくれるお客さんへのサービスに使われるのではなく、不正を取り締まるために莫大なお金が使われるのは、特に「スポーツ」というフィールドであることを考えると、とても寂しい気がします。
 そもそも、ドーピングをやったことを認識している選手は、もしよい成績をおさめたとしても、一生後ろめたい気持ちで、本人にとっては虚飾の栄冠とともに生きていかなくてはならないのに。ドーピングは、後ろめたくても「巨額の報酬」という一種の割り切りを与えてしまうスポーツのビジネス化によるダークサイドの副産物と言わなければなりません。なかには選手が知らないうちにドーピングをさせられているという例もあり、医学的知識の浅い選手を食い物にするまさに言語道断の行為が存在しています。知りながらドーピングに手を染めてしまうアスリートはもちろんですが、ドーピングの背景には、ドーピング検査に引っかからない薬や方法を次々に考え出す医学的知識を持った人間が常にいることを忘れてはいけません。こういう倫理の崩壊した人たちを締め出して、人間が生来与えられた身体で真剣勝負するスポーツ界にしたいものです。
 そんなのは理想主義だと言われるかもしれませんが、ドーピング汚染が広がっていく中で、このままでは"ドーピングをしなければ勝てない"という愚か極まりない考えに支配される恐れがあります。アスリートであれ、それをサポートするものであれ、一人一人が自覚とスポーツに対する愛情そして不正を許さない正義感を持つことが大切だと思います。
 ほとんどのドーピングはそれを行った身体にダメージを与えます。健康と活力の象徴であるはずのスポーツが、不健康のシンボルになっていいわけありませんよね。例えばドーピングで非常にポピュラーな(という表現が適切なのか不安がありますが)男性ホルモン製剤・タンパク同化ステロイドいわゆるステロイド系の薬剤使用では、動脈硬化などの非常にシリアスな健康被害が起こります。また男性が女性化したり女性が男性化する現象も多く報告されています。性ホルモン類似物質あるいはそのものなのですから、当然のことですよね。間接的には男性型脱毛や薄毛なども起きるわけです。
 ち、ちょっと誰ですか?特定の元トラック競技のスーパースターを思い浮かべている人は!あの方は、絶対違います。だってステロイドの副作用として、皮膚や爪の劣化や老化もあげられていますが、肌ツヤツヤですもん!・・・あんまり変なこと書くと今度会った時に「おまえなぁー!」ってどやされそうですから、この話題はこの辺で。つまるところ、私が言いたかったことは覚せい剤もそうだけど、ドーピングも「ダメ。ゼッタイ。」ってことです。
シマノヨーロッパ本社。シンプルでかっこいい外観です
シマノヨーロッパ本社。シンプルでかっこいい外観です
 さて、前回の予告どおり、今回は日本が誇る自転車コンポーネントメーカー、SHIMANOのヨーロッパ本社を見学させてもらったお話。いうまでもありませんが、SHIMANOは自転車業界ではガリバー企業の1つ。その辺に停まっている自転車のブレーキや変速機を見れば、皆さんも簡単にSHIMANOの文字を探すことが出来ると思います。もちろんヨーロッパでも自転車好きであれば、SHIMANOの名前を知らない人はいません。
ショールーム。ひとつひとつ手にとって見てたら、時間が足りない!
ショールーム。ひとつひとつ手にとって見てたら、時間が足りない!
 訪れたのは、オランダ、アムステルダムの東、ニュンスピートという静かな街。さすが精密な部品を作っている企業、落ち着いていながら洗練された雰囲気の建物です。中に入るとショールームがあり、自転車好きにはたまらない風景が広がっています。USポスタル(ツール・ド・フランス7連覇のアームストロングがいたディスカバリーチャンネルチームの前身)時代のサイン入りマイヨジョーヌ(ツール・ド・フランスの黄色いリーダージャージ)がデーンと飾ってあったりして、ちょっと自転車博物館っぽい雰囲気もかもし出しています。
釣り道具は、竿が長いだけに場所がいっぱい必要ですね
釣り道具は、竿が長いだけに場所がいっぱい必要ですね
 今後のSHIMANO社の方針として、自社のプロダクツだけでなく、作っていないものは他社製のものも扱い、SHIMANOが扱っているものだけで、自転車に関するものは全て揃うようにしていくとのことで、既にショールームにはSANTINI社のジャージやら、エリートのボトルケージ(給水用のボトルを自転車に挿しておくためのホルダー)やら、SHIMANO製ではない商品がたくさん展示してありました。また、もう一方の主力分野である釣りのギアもかなりのスペースがとってあり、こちらも「がんばっているな」という雰囲気でした。
 さて、製品についてはもちろんなのですが、私が説明を受けたなかで、非常に興味を持ったのがCSR(Corporate Social Responsibility)活動。企業の社会責任事業とでも訳すのでしょうか。日本でも環境問題に熱心に取り組む企業がありますが、さすが環境にやさしい自転車のコンポメーカーだけあって、「自転車の普及によるより暮らしやすい社会づくり」というアプローチで非営利事業を展開しています。走るからには環境を汚さざるを得ない自動車メーカーなどと違って、自転車を普及させることでダイレクトに環境保護に役立つのですから、この分野に関して言うと非常にプロモートしやすいですよね。
25%って1/4です。かなり頑張らないと・・・既に実現出来ている国はさすが
25%って1/4です。かなり頑張らないと・・・既に実現出来ている国はさすが
 SHIMANOが旗振り役となって行った研究の報告書をいただいたのですが、そのなかでは「旅行などの長距離移動を除いた全ての移動における自転車のシェアを25%にすることを目標としよう」と提唱しています。また「この目標を達成し、維持するためには、都市計画の一部として自転車を考慮しつづけることが必要だ」と言っています。Mortorized country=自動車・オートバイ普及国では道や町全体の交通が閉塞しはじめているため、よりよい社会のためには変わることが必要。EUの国々では通勤などに使われる自動車やオートバイの半分は5km以下、30%は2km以下の距離に使われているそうです。私も5kmちょっとの道のりを車で通勤していますから、ほぼこの50%に入っているのでしょうね。「まずは、この部分を自転車に変えてみよう!」というのが、報告書の提案のひとつです。「自転車はまさにドア・トゥ・ドアだし、自転車を使えば駐車場探しから開放される。自転車が短距離通勤の最も速い手段なのだ」と。
 イギリスのロンドンにおける調査では、67%の人が「もし、インフラが整備されればもっと自転車に乗るだろう」と答えたということです。これに基づき「自転車道や駐輪場といった自転車関連施設のクォリティによって、どれくらい自転車に乗るかが決まる」と言っています。だから、「都市計画に包含されるべきだ」いうことになるんですね。一方で「気候や坂などの条件はあまり重要なファクターでないことがわかった」としています。これについては、私個人としては「ホンマかいな?」と思いましたが、調査結果ですからロンドンっ子たちは、そう思ってるんでしょうね。
 東京では、2kmや5kmなんて短い距離を通勤している人はヒルズ族みたいな人たちぐらいでしょうから、完全には当てはまらないかもしれませんが、地方なら結構「あり」かもしれませんね。東京でも、ちょっと買い物に行くのを自転車にしたりして、頑張れば届く目標のような気がします。
 国別の自転車利用を見るとオランダでは7kmまでの移動は自転車が非常に高いシェアを占めるそうです。確かにオランダは地形がフラットですから、自転車に乗りやすいというのはありますが、今、国際競輪で活躍しているテオ・ボスをはじめとするオランダ自転車チームの強さの秘密がこういったところにも隠れていそうです。オランダ人は、きっと子供のころから、どこかに出かけるときはお父さんの車のチャイルドシートじゃなくって、お父さんのロードレーサーの後をちっちゃなバイクでガンガン追いかけているのでしょう。私が子供の頃はブリヂストンのシンクロメモリーという変速機のついた自転車(志村けんがCMをやっていたというだけで、機能なんかはよくわかっちゃいないのに、どうしても欲しくなり「誕生日もクリスマスも正月も何もいらない」「夕食の皿洗い1カ月」など、ギリギリミッション・ポッシブルな条件を出して買ってもらったマシン。知ってる人います?)で、どこへでも出かけたものですが、今の都市部は危なくて親も「どこでも自転車で行きなさい」なんて、なかなか言えませんよね。だからこそ、自転車のことを盛り込んだ都市計画の必要性をSHIMANOの報告書も説いているのだと思います。
 今、大人の間では、「ツーキニスト」なんて言って自転車通勤が一部流行っています。環境コンシャスなところが時流にのっている感じがあるし、見た目とてもかっこいいんですが、実際やるとなると結構大変です。だって、都会の汚れた空気の中をいつもより酸素摂取量をあげて走るわけですから、多少の汚染物質は吸い込むし、鼻毛が伸びて伸びてしょうがないですよ。今の時期のように雨が降れば、なんの装備もないと濡れますし、夏の時期は汗をかいても、会社でシャワーが浴びられるなんていう恵まれた環境にある人はそう多くないでしょう。
 鼻毛がかっこいい世の中になれば、いいかも知れませんね。「アニキ、鼻毛染めたんすか?似合ってますよ」「おう、代官山のカリスマ鼻毛スタイリストんとこで、一万円もかかっちまったよ」とかCanCamでは「押切もえちゃんの大人カワイイ鼻毛特集」とか、LEONでは「自転車通勤でゲット!ジローラモのちょいワル鼻毛で魅せろ」とかね!これで、日本でも自転車通勤者倍増ですよ!・・・すみません。ちょっと悪ノリしました。何が言いたかったかというと「今の東京をはじめとする大都市の状況だと、自転車通勤はハードルが高いので、なにか方法を考えなくてはいけませんね」ということです。
 ひとつには、公共交通機関+自転車というスタイルを促進してあげるために電車やバスへの自転車持込を容易にすることが有効だと思います。今、日本でも一部の都市で試みが行われているようですが、私の住んでいるデュッセルドルフでも、電車に自転車を持ち込むのは全く普通のことで、しかもみんな結構、軽量でいい自転車を持っているので、女性でもヒョイと担いで乗車しちゃうんですよね。日本のラッシュ時の満員電車に乗れるのかという問題は残りますが、自転車持込用定期を発行して自転車専用車両を作ってしまうとか、クリアする方法はありそうですよね。費用的にも自転車で割り増しになった分、ひとつ先の駅で乗ってひとつ前で降りるとか、区間を調整してお金の負担を同レベルに維持したりして。
 こうなってくると、「クールビズ」ならぬ「サイクールビズ」でサイクリングウェアにネクタイがプリントしてあるものなどで仕事してもよくなったりして、自転車は更に定着。お父さんが乗れば、その背中を見て育つ子供たちも興味を持ち、お母さんも最初は渋々、そのうち風を切って走る快感に取り付かれ、家族でサイクリング。「夕陽を見ながらみんなで走った草原の一本道の思い出、プライスレス」みたいな。ここまで来たときには日本の自転車競技人口のピラミッドはプロ選手を頂点にきれいな三角形になって、きっとオランダ並みの選手層の厚さが生まれていることでしょう。日本がこのようになってくれれば、ヨーロッパで発行した報告書ですがSHIMANO社も非営利で研究をしたかいがあったと思ってくれるでしょう。
 もちろん私が頭で思い描いたようには簡単にはいかないとは思いますが、一歩一歩進んで、競技力の向上はもちろん、自転車の利用のうまい国になりたいですね。自転車道の整備状況や国民の自転車利用意識など、オランダには非常に学ぶところが多いと思います。国民全体が自転車に乗るのも見るのも好きなんですよね。
 最後に、これもSHIMANOで聞いたオランダならではの面白い話。シマノヨーロッパの社員が日本に出張したりして、SHIMANOのスタッフジャンバーを着たままアムステルダムの空港に帰ってくると必ずと言っていいほど、税関でチェックをされるそうです。荷物をあけて、自転車部品のサンプルなどがないと、がっかりしたように「なんだ、"エレクトリックデュラエース"の見本はないのか。行ってよし」って「ただ単に新製品が見たいだけやんけ!」といいたくなるそうですが、これもオランダではたくさんの自転車好きが、SHIMANO製品に注目している証拠ですから、うれしい悲鳴ですよね。
 今回、実はSHIMANOが抱えるプロロードレースチーム「SKIL SHIMANO」の選手たちにもお話を聞きたかったのですが、レース出場中などでタイミングが合わず、実現しませんでした。練習地は私が住んでいるところからさほど遠くないので是非またチャレンジしたいと思います。さて、明るい自転車社会への第1歩、「5kmぐらいなら自転車通勤」へ向けて今日は帰ったら、まずは自転車磨きです。皆さんも、梅雨明けあたりからいかが?
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