『大宮競輪開設66周年記念(GIII)レポート』 最終日編

配信日:1月18日
 大宮競輪場で行われた東日本発祥66周年記念「倉茂記念杯」が1月18日、4日間の激戦に幕を下ろした。決勝では4車で結束し高い壁を築いた南関勢だったが、その後ろを取ってまくりを打った平原康多が力の差をみせつけ4連勝の完全V。地元の大宮記念5度目の制覇を遂げた。
決勝戦 レース経過
 荒木伸哉が号砲で勢いよく飛び出すと、鈴木裕、小埜正義、中村浩士を迎え入れる。これでライン4車の南関勢が前受け、中団以下は平原康多―岩津裕介―渡部哲男―深谷知広―吉村和之の並びで周回を重ねる。
 赤板の1コーナーから深谷が上昇を始めるが、この動きを察知した鈴木は2コーナーから誘導員を下ろして先行態勢に。深谷は元の位置まで車を下げると、平原はすんなりと中団を確保する。鈴木は打鐘過ぎ4コーナーからペースアップ。平原は車間を切って巻き返しのタイミングを計ると、深谷の反撃を待たずに2コーナーからまくり上げる。小埜もバックから合わせて踏んだが、平原に出切られ番手の岩津とからむ形で直線に。まくった平原のスピードは衰えず、2年ぶり5度目の地元記念を無傷で制覇。2着争いは横一線となったが、岩津後位から外を回した渡部が前の2人をとらえる。終始後方に置かれてしまった深谷は巻き返し届かず3着に敗れた。
平原康多選手
平原康多選手


 地元の平原康多(写真)が、今年の初戦である今シリーズを完璧な形で締めくくった。
 「初戦から準決勝までは後輩の頑張りがあって、その気持ちを背負っての自力でした。勝っても負けても思いっきり行こうと思ってました」
 南関勢4車の結束力と深谷知広を相手取っての難しい決勝戦だった。
 「一車でも前にいて力勝負だなと思いました。南関の前受けは予想外でした。深谷君を出したら厳しいですし、レースの流れが早かった。脚にきました。あれだけ長く踏まされて番手の小埜さんも脚を使ってたと思います。(最終バックの)直線が向かい風で思いっきり行かないと山を越えられないなと。岩津君とのゴール前勝負だと思ったんですけどね。むちゃくちゃ長かったです」
 今期からギア規制が実施され苦しむ選手が多いなか、今年一発目のレースで見事に結果を出した。
 「(ギアが軽くなったことで)トレーニング方法が180度変わったので、いきなり結果が出てびっくりしました。ギアはこのくらいが自分に合ってるみたいで、違和感はないです。ムダな筋力は重りになるから体重も絞りました。次回までにしっかり乗り込んで体にギアをなじませたいと思います」

 単騎を選択した渡部哲男は、終始平原ラインを追走。4コーナーで外に持ち出すと鋭く伸びて2着に入線した。
 「(南関勢が)前を取るとは思わなかったですけどね。それならどうせゴチャつくし、(周回中の位置は)あそこでいいと思った。自分は道中風が強かったので脚を使ってしまいました。平原が強かった。あれは抜けん」

 深谷知広は初手8番手から早めに上昇を開始するが、鈴木裕に突っ張られ車を下げる。終始後方に置かれ、最終2センターから大外を踏み上げるも届かず3着。
 「南関勢が多分前を取るなとは思っていたけど、(自分たちのラインの車番が)4番、7番じゃしょうがない。とりあえず脚は使わないように。ホームで(鈴木が)後ろを見てるようならカマしていこうと思ってました。連日勝負圏内に入れたし勝ち上がれたので、だいぶ戦える感じはあります。今は練習することが(復調へ)近づくこと」

 磐石の布陣で臨んだ南関勢だったが、平原のスピードに屈して誰一人確定板にのることも叶わず。小埜正義は平原との力の差を痛感した。
 「俺の力じゃ応えられなかった。目一杯踏んだけど、完全に力不足です。車間を詰める勢いで行ったけどいけなかった。力の差ですね」 ゴール
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