決勝戦 レース経過 |
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周回はキムチボム‐チェスンヨン‐イミョンヒョン‐キムヨンソプ、神山拓弥、稲垣裕之‐村上義弘‐三宅伸。残り3周前のバック過ぎで稲垣が上昇開始すると、キムチボムも外帯線を外し牽制。残り3周で内、キムチボム、外稲垣で、先手争いに。誘導員が退避しもがき合いになったが、1コーナーでキムチボムと稲垣が絡み落車。その落車を避けたチェスンヨンが先行。その4番手に落車を避けた村上が入り車間が空いて追走。残り2周のホームで村上が3番手に追い付くとキムヨンソプは車体を振って後ろを牽制。さらにイが前と車間を空け、後ろの捲りに備えた。残り1周で、チェの後ろからイが番手捲りを放った。しかし、村上はじっくりと構えていて最終1コーナーから捲り発進し最終2センターで前を捉えると一気に抜き去り1着ゴール。初代日韓対抗戦競輪の王者となった。2着は神山、3着はイが入線した。 |
1着の五十嵐力 「柴田(竜史)君に任せていたんですけども、柴田君が頑張ってくれて、1着を取ることが出来ました」 |
イ・スウォン選手 |
1着のイ・スウォン(写真) 「作戦が上手くいったと思います。初日、2日目と走ってきて、日本の競輪にも慣れてきたんだと思います。パワーでは日本選手とイーブンだとは思いますが、競輪のテクニックでは日本の方が上だと思います。日本の競走を韓国でやったら失格してしまうので、韓国に帰ってもやらないように気をつけます(笑)」 |
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小嶋敬二選手 |
1着の小嶋敬二(写真) 「韓国選手が皆、僕の動きを警戒しているからきつかったです。そんなことしなくても韓国の選手は強いのにー(笑)。これは、韓国でやる時はS1の先行選手がいかないときついですね」 2着のイ・ウクトン 「応援してくれた人たちのために走りました。毎晩、親睦の会議をしていて、そのために日本の競輪への理解を深められたので、そのおかげで最終日は良い走りができたのかもしれないですね」 8着の松岡貴久 「負けたけど身体の感触は良かったですね。戻りつつあるのを感じられたことが嬉しいです。宮杯までには、…いや、共同通信社杯までにはかなり戻ると思います」 |
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村上義弘選手 イ・ミョンヒョン選手 |
優勝の村上義弘(写真) 「韓国の選手はパワーもあり、素晴らしい選手ばっかりでした。これから日本の競輪選手も個々のレースをもっと取り入れるべきだと思うし、韓国の選手ももう少しライン戦というところに理解を深めてもらえれば、少しずつお互いのいいところを取り入れていければなと思います。そして、最終的に東アジアから世界のチャンピオンが出ればいいなと思います。今回、こうして親善を含めて、この大会で走れてよかったと思います。本当に充実した、いい勉強ができた大会でした。彼らは研究熱心ですし、トレーニングのことも意見交換できたので、日本の若い選手もそういう姿勢を見習ってほしいし、次にこういう機会があったら、日本の若い選手はたくさん参加してくれればなと思います。今回の経験はこれからの僕にいきていくと思います」 2着の神山拓弥 「どっちでもついていけるように初手は5番手の位置にいました。落車を避けて、脚がいっぱい。外にいく余裕はなくて、内にいきました」 3着のイ・ミョンヒョン(写真) 「作戦していたよりも実際は難しいレースになりました。落車でびっくりしてしまい、そこから立て直すことができませんでした。村上さんの捲りのタイミングは予想していたんですけど、びっくりしちゃって対応しきれなかった。コンディションについては最善はつくしましたけど、昨日、一昨日よりもついていない感じがしました。最後まで落車をおこしたくなかったけど、落車がおきてしまったのは残念ですね。日本に来たばかりの時は優勝を目指してきたんですけども、途中から色々と勉強することもできました。また、競走のこととは別に村上さんとお会いできて嬉しかったです」 4着のキム・ヨンソプ 「日本選手にふたをされないように頑張ったんですけども、そのために駆ける距離が長くなって疲れてしまいました。村上さんが後ろにいたので、それを牽制していたんですけども、なかなか村上さんが前に出なかったので、それを牽制しつづけたので疲れてしまいました。また、落車があったので、それを避けて疲れましたね。難しいレースでした。もっと経験をつんだら、日本の競輪でももっと勝負できるのではないかと思います」 5着の三宅伸 「バックで避けて、いっぱいになりました。でも、実りのあった3日間でしたね。もっとこういう機会があったら、もっと活性化するでしょうね」 |
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