スターの出現はその業界を一気に明るくする力を持っている。
プロ野球なら古くは長嶋茂雄、そして現在なら大谷翔平。フィギュアスケートなら羽生結弦だろう。将棋界には羽生善治、そしてその衰えもはっきりとしないうちに藤井聡太という新たなスターが現れた。競馬には現在もトップの一線を走る武豊がいる。
競輪にもスターはいた。中野浩一、滝澤正光、神山雄一郎、吉岡稔真。しかし、現在の競輪に古き時代のビッグネームを超えるスターは現れていないと言っていいだろう。
しかしその可能性を競輪ファンが信じ、その片鱗を常に見せている選手はいる。
その一人が深谷知広であると私は思う。
現行のシステムになってからは、唯一のデビューから18連勝でのS級入り。S級初戦となった開催で連勝は止まったものの、その後も快進撃を続け、2011年の高松宮記念杯競輪でデビューから684日の史上最速記録でGI制覇。競輪ファンは待ちに待ったスターの誕生に心が躍ったものだ。
その深谷知広と私は非常に相性がいい。と言ってもそれは車券の話ではない。実況の話だ。幸運なことに、深谷の節目となるようなレース、印象に残るレースを多く実況できているのだ。
2011年、3コーナーから2番手以降をグングン千切って逃げ切り初めてのGIII優勝となった
立川記念決勝。2013年日本選手権競輪、車間の空いたバック8番手で絶体絶命のところから捲り切りバンクレコードを叩き出した
準決勝のレース。思い入れのあるレースはたくさんあるのだが、このコラムでは一つを選んでもらいたいとのことなので、私が実況した深谷知広のレースで最も印象に残っているものを挙げたい。
それは2015年立川記念3日目の選抜競走だ。
なぜと思われる方も多いだろう。そう、このレースは敗者戦なのだ。
深谷は前年のオールスター競輪の落車で鎖骨を骨折。ぶっつけで挑んだKEIRIN GPは先手も取れずに惨敗し、状態面が不安視される中、翌年の立川記念に出走してきた。
初日、2日目と人気を背負いながら後方に沈み、やはり強い深谷を見ることはできないのか、今日もダメなのではないかというそんな雰囲気。しかしそれでもラインの番手、朝日勇との組み合わせは2車単2.3倍。深谷の圧倒的な走りを見たい。そんな気持ちが表れたオッズになった。
そしてレース。ジャンから飛び出した深谷が最終2コーナーでもつれていた2番手以降を引き離していく。捲ってきた柴田もいっぱいになって独走状態で直線に戻ってくる。
私は思わず「今日は大丈夫!」と叫んだ。1着でゴールした深谷。1周回ってホームを通過する時のファンからの温かい拍手。私は、「ああ、やっぱりみんな強い深谷の姿を見たかったんだ。」と改めて感じ、そしてそうファンに思わせる選手こそ、スターになり得る選手なのではないかと思ったのだ。
今はナショナルチームで厳しいトレーニングを積んでいる深谷。その脚力は誰もが認める輪界トップクラスのものだ。タイトルからは遠ざかっている現状だが、私は必ずまたその圧倒的な強さを見せてくれる日が来る、そして競輪が社会現象となるような活躍を見せてくれるに違いないと信じている。
2015年1月6日立川記念3日目の6R選抜競走は
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筒井大輔
プロフィール
フリーアナウンサー
2006年1月~2018年3月まで立川競輪実況担当。
坂上忍の勝たせてあげたいTV(日本テレビ系列)で実況を担当。
2016年リオパラリンピック車椅子バスケットボール実況
その他、自転車ロードレース、麻雀、テニス、水泳など多くのジャンルの実況を担当する。