-優勝おめでとうございます。
「ありがとうございます。僕がというよりも、北日本から優勝が出たことが嬉しいです。北日本はずっとあんまり成績が良くなくて、北日本が沢山いても上手くいかなかったりとか。また震災の状況の中で、なんとか自分たちも頑張らなくちゃいけないっていうことで、初日、(佐藤)友和がああやって思い切った先行で、なんとかラインから出そうっていう気持ちと、昨日は新田もそういう気持ちで走って、今日は山崎が思い切って走って、そういう中で勝てたというのが、すごく自分の中でも感動しているというか、嬉しいです。相手も強力で、なんとか福島から優勝を出そうっていう気持ちでした」
-ゴール直後、自分が勝ったのは分かりました?
「ゴール直後はなんとなく差したような気はしたんですけど、初日も差したと思ってて差してなかったこともあったし、よく見てから手を挙げた方がいいかなって考えました」
-伏見選手に手を持ち上げられるシーンがありました。
「あの時は伏見さんが『お前か?』って言ってたんで、俺じゃないのかな?と思ったんですけど(笑)」
-レースを振り返ってください。
「山崎が思い切ってしかけましたよね。で、間違えなく誰か捲ってくるなと思って、武田さんがホームくらいから来たんですかね。それに合わせて伏見さんが出て、まあ出るか出ないかという時に、僕が武田さんを牽制して、あとはもう後ろもうひとり来たと思うんですけど、あんまり牽制すると、後ろに必ず誰かいるんで、内に差し込まれたらまずいと思ったので、内だけ気をつけて、最後も中を割られないようにという感じで、でも我武者羅に伏見さんにくっつきながら抜いたような感じです」
-今年前半戦はあまり成績がよくなかったですが、調子は実際どうでした?
「良くなかったですね。走ってる感じも良くなかったし、でも、今色々ギアが掛かったり、レースの流れもちょっと変わってきた中で、GIももう少し対応していきたいなというのがあったので、練習に関しても少し変えて臨むこともあって、それが良い時、良い方向に出るとすごい勝てるかもしれないですけど、それがたまたま上手くいかなかったんで、これからもっと良く考えて良い結果を出せるようにトレーニングしていければと思います」
-震災後、体調や練習に影響がありましたか?
「練習はしないとと思って、滋賀県に自転車は持って移動したんですけど、やはりいつもしてる場所じゃないし、初めての場所だし、地元も気になるし、落ち着いて練習は確かに出来てなかったです。みんなそういう状況でやってると思います。4月に入ってからは地元(福島)で練習してますけど、まだ余震もありますし、道路も前のようには走れない部分もありますし、バンクも壊れてます。滋賀でやってるよりはもちろんいいですけど、まだまだ福島も大変な状態です」
-今後は地元で練習?
「新潟にアパートを借りていて、家族もいるので、今後の様子を見ながらどうしようかなと。新潟といっても福島よりなんで、地元で練習出来るようにということを考えてそこに借りました」
-今後の目標と、福島の方にメッセージを。
「今日は、北日本の結束があって自分が優勝して。やはりGⅠは6月から続きますんで、なんとかして北日本勢の中から優勝させていきたいなと。自分ももちろんその中でいいレースをしていきたいなと思います。またこういう状況の中で、こうして競輪を走らせてもらえる事にとても感謝して、その為にも熱い走りをして、被災地支援競輪を盛り上げて、少しでも多くの義援金を被災地に送れればいいと思っています」
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