全日本選抜競輪とは

 都道府県単位でチームを結成して各種目別に個人優勝と団体優勝を争った特別競輪、『全国都道府県対抗競輪』。その後名称を『全国都道府県選抜競輪』と改める等の変更はあったものの、昭和26(1951)年の第1回(大宮)から毎年全国各競輪場の持ち回りで開催されてきました。

 しかし、昭和44(1969)年8月に甲子園競輪場で開催予定だった『第26回全国都道府県選抜競輪』が地元住民の猛烈な反対運動にあい、開催10日前に中止となってしまいました。昭和30年代から40年代当時は普通開催でさえも車券売上高が増加し、場内はファンであふれかえるといった状況で、どこの競輪場でも万一の事故を懸念して特別競輪の開催を躊躇するような雰囲気がありました。また、競輪場周辺環境の面では、競輪場建設当時は郊外であったものが都市化の拡大によって住宅地となり、車社会の急進とも相まって周辺の交通渋滞をはじめとした各種の問題に悩まされるようになっていました。こういったことを背景として、『全国都道府県選抜競輪』はそのまま廃止となってしまいました。

 それから10数年が経過した昭和50年代後半、選手の出身地別の郷土色を生かした特別競輪を復活させたいという意見が浮上し、慎重な検討を重ねて誕生したのが、全国を8地区に分けた地区ごとの成績上位者によって争われている『全日本選抜競輪』です。

 第1回は昭和60(1985)年7月、前橋競輪場で開催されました。当初は6日制で行われていましたが、平成7(1995)年第11回大会時に4日制に改められ、現在に至ります。

 平成13年度からは、グレード制導入によって【GI】に格付けされるとともに読売新聞社より社杯が授与されて名称を『読売新聞社杯全日本選抜競輪【GI】』と改めて実施しています。

 平成21年度の改正により、開催月が12月から創設当初の8月に変更となり、その後、平成23年1月に開催された特別競輪等運営委員会において、平成24年度以降の特別競輪等のあり方が見直される中、例年2月に行われていた「東西王座戦」が廃止され、「全日本選抜競輪」が2月に開催されることが決定されました。