GP・GGP・YGPとは

KEIRINグランプリとは

KEIRINグランプリは、1985年(昭和60年)に創設された。「KEIRINグランプリ'85」として12月30日立川競輪場で第1回が実施された。
第1回開催の選抜方法は、1984年11月の競輪祭(競輪王)から1985年9月のオールスター競輪までの5大特別競輪優勝者、世界選手権自転車競技大会プロ・スプリント優勝者、S級勝率第1位者、S級勝利数第1位者、賞金獲得第1位者であった。なお、9名に達さないときは、S級勝率の上位者より選抜された。トップレーサー9名による「一発勝負」の華やかな競走として注目をされた。競輪界最高の競走である。
第1回の優勝賞金は1000万円(本賞金)で競輪界のトップスターである、中野 浩一(35期・引退)が優勝した。 2004年(平成16年)からは、優勝賞金が副賞込みで1億円となり、注目が集まることとなった。2021年(令和3年)には本賞金だけで優勝賞金が1億330万円と1億円を超えた。
KEIRINグランプリ出場選手オリジナルユニフォームについて、2002年(平成14年)に人気の格闘技イベント「PRIDE」がプロデュースをおこない、闘う男の代表として高田延彦さんによるデザイン監修により、従来の年毎、個人別のデザインから優勝者と優勝者以外の2種類のデザインへ変更となった。KEIRINグランプリ優勝者は、指定された着用期間中、すべての競輪において選手番号を1番車(白)に固定することになった。
2007年(平成19年)にはS級S班が新設され、同年のグランプリ開催からお客様が一目見てS級S班であることが認識できるように赤字に7ツ星のデザインの競走用パンツを使用することになった。
2002年4月より使用されている男子選手のユニフォームが22年ぶりに刷新されることに伴い、S級S班ユニフォーム及びレーサーパンツもリニューアルされる。この新ユニフォームは、今年のKEIRINグランプリ2024で着用される。


ガールズグランプリとは

2012年(平成24年)7月1日平塚競輪場で「ガールズケイリン」として、48年ぶりに女子選手による競輪競走がスタートした。同年12月には、ガールズケイリン特別レースとして、KEIRINグランプリシリーズの初日(12月28日)に『ガールズグランプリ(FII)』が実施された。小林莉子(102期)が優勝し、初代女王として賞金(副賞込)500万円を獲得した。 2014年(平成26年)からは、優勝賞金が1,000万円(副賞込)となり、さらに注目が集まることとなった。
2022年(令和4年)にガールズケイリンは10周年を迎え、リブランディングがおこなわれた。ガールズケイリンの新たなコンセプト「プロスポーツ競技のまんなかへ」を策定。ガールズケイリンに内在する価値を最大化させ、お客様にとっても、選手にとっても、誰にとってもメジャーなスポーツであることを目指すこととした。2022年度からガールズグランプリをKEIRINグランプリシリーズの2日目(12月29日)に変更した。新コンセプトに基づき、動的で親しみやすい新たな書体の「KEIRIN」を強調した競技志向でスポーティーなデザインの新ユニフォームに変更され、ガールズグランプリ2022で選考着用された。
2023年(令和5年)度からガールズケイリンにおけるGP・GIグレードの導入及びガールズグランプリを頂点とした新たなレース体系が決定された。これにより、2023年度からガールズグランプリは【GP】に格付けされた。


ヤンググランプリとは

デビュー3年未満(ヤンググランプリ2024においては、第121回生、第123回生、第125回生が対象)の若手選手が出場する頂上決戦、それがヤンググランプリ。
今回のヤンググランプリ2024では、史上初めて同期のみが出場する競走となる。
競輪史において、最初に『ヤンググランプリ』の名称が用いられたのは、1995年(平成7年)に、兵庫県南部地震の復興支援競輪として、デビュー5年未満の平均競走得点上位者9名を集めた特別競走である。
現在、実施しているヤンググランプリの源流は、2000年(平成12年)まで競輪祭の中で行われていた『全日本新人王決定戦(新鋭王座決定戦)』にあたり、当初はトーナメントで優勝者を決めていたが、1999年(平成11年)に1レース限りの単発競走となった。
その後、2001年(平成13年)に行われた新番組制度によってGIIに格付けされた全日本新人王決定戦はヤンググランプリと名称を変更し、年末に開催される『KEIRINグランプリシリーズ』の中で実施されることとなり、2022年(令和4年)から、『KEIRINグランプリシリーズ』の全開催日程をお客様に楽しんでいただくことを目的として、開催日をシリーズの初日にあたる12月28日へ変更し、今に至る。