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成田 和也

成田さんが競輪選手を目指したきっかけを教えてください。

高校までは、アルペンスキーでオリンピックを目指していましたが、スキー競技を続けることは自分の能力や環境面で難しさを感じていました。日本のトップクラスは雪国出身の選手が多く練習環境にも恵まれているし、世界を目指したとしても海外の選手とは比べものにならないほどレベルの差がありすぎるんです。
自転車競技なら、自転車と走る道があればいくらでも練習はできるし、自分にも可能性はあるかもしれない。そう思って、自転車競技に切り替えてオリンピックを志すようになり、大学時代から自転車競技を始めました。競技の延長上に競輪選手という道があったので、そのまま競輪選手を目指したという感じです。

アルペンスキーから自転車競技に転向されるまで、自転車に興味があったり、競技用の自転車に乗ったりすることがあったのですか?

スキー競技では、雪のない夏場のトレーニングは、脚力強化のために自転車でロード練習をするんです。高校生の頃からロードレーサーに乗っていたので、自転車競技にもすんなり入れましたね。ロード練習といってもかなりハードですよ。競輪選手と同じくらい乗り込むので、高校時代はいつも「この坂を上りきったら、スキーが強くなる」と自分に言い聞かせながら自転車を漕いでました(笑)。その練習で耐えてきたことが、自転車競技の成績にもつながっているところもあると思っています。

大学時代は、自転車競技で数々の記録を残していますね。そのままアマチュアで競技を続けるのではなく、プロに転向しようと思ったのはなぜですか?

大学に入学してからは、ひたすら自転車に専念しました。インカレや全日本選手権では優勝できましたが、自転車でオリンピックを目指したいと考えたときに、このままの実力ではオリンピックは難しいと感じて…。
自転車競技で強い選手は、必ずと言っていいほどプロの競輪選手であり、アマチュアでは太刀打ちできない強さを持っていたんです。自分も強くなりたい。だったら、競輪選手になることが近道なのではないかと思って、競輪学校を受験することを決めました。

大学卒業後、競輪学校での生活は大変そうな気がしますが。

大学時代も4人部屋の寮生活で集団生活も経験済み。特に問題もないだろうと思っていたら、想像以上に厳しかったですね。競輪学校は、制約も多く常に時間に追われて拘束される。それに加え、今までは自分なりに計画を立て考えてやってきたトレーニングが通用せず、教官が決めたことをやらなくてはならないし、いろんな意味で自由が少なかったという印象ですね。なので、僕にとってはもう二度と行きたくない場所です(笑)。

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