優勝者コメント 「もう涙も枯れましたね。さっき散々泣きましたからね。ゴールした瞬間に泣きましたからね。今日はデビュー戦以来、父親と母親が見に来ていたんですけど、『最後のグランプリになると思うから見にいくわ』ということでね。『新幹線に乗るのは新婚旅行以来やわ』というくらい地元から出たことのない2人がわざわざ見にきてくれていたんでね、いい冥途の土産が出来たかなと(笑)。まあ、自分の中でも最後のグランプリになるかなというのはあったんだけど、中部3人にそれぞれチャンスがある様にと思って。深谷も獲れるチャンスがあるなら捲り追い込みでもいいし、浅井も番手から出るのでもいいしということで、話はしていたんですけどね。そんな中で、今日のレース前に2人からは村上じゃないけど、気迫みたいなものというか、自分自身の為にというのもあるんだけど、ラインの為にという気持ちも感じられたんでね。前検日に中部の絆ということを話したと思うんですけど、村上もね、ここ2年くらいは連係した時には僕を(グランプリに)乗せたいという気持ちで走ってくれていたこともあったし、村上の番手というのも考えたんだけど、中部の3番手が嫌だから村上の番手というのでは、村上本人が1番嫌がると思ったからね。その結果、こうしてチャンスをモノに出来たのは良かったと思いますね。僕は自分でも武田や深谷や村上にはなれないというのは分かっているので、1番車のユニフォームは重みではあるんですけど、今年でグランプリに出て、自分ではバネが切れちゃうんじゃないかなと思ってはいたんだけど、このユニフォームを着ることで1年間頑張れるかなと思って。僕が13年前にグランプリを優勝した時はその次の年のグランプリにも自動的に出場できたんですけど、今回からそうならないかな(笑)。それは、支部長としてちょっと交渉してみようかな(笑)。これでグランプリ優勝の最年長記録を塗り替えられたんですけど、来年は神山に破られるかなと(笑)。この記録は1年限りですよ。でも、その1年間はしっかり頑張らないとね。43歳でもこの位置にいられるのはやっぱり、頑張りすぎないこと。流れに乗るということですよね。若い時はガムシャラにやっていたんですけど、今は頑張れる時だけしっかり頑張るという風にね。1億円の使い道ですか? どうしましょうかね…。定期預金ですかね。大垣信用金庫に(笑)。この優勝におごることなく、脇から競輪界を盛り上げていける様に頑張りたいですね」
KEIRINグランプリ2011(GP)ダイジェスト
佐藤友和─伏見俊昭─成田和也、武田豊樹─長塚智広、村上義弘、深谷知広─浅井康太─山口幸二の並びで周回を重ねる。青板バックで深谷が佐藤を抑えると、その深谷を武田が抑えて赤板を迎える。一旦は4番手に入った深谷だったが、赤板過ぎ1コーナーですぐさま巻き返し主導権を握ると、武田が4番手、佐藤は後方7番手の隊列となる。一本棒のまま最終ホームを通過し、浅井が深谷との車間を空け抜け出しのタイミングを計っていると、武田が捲り発進、それに合わせて浅井が最終バック過ぎから番手捲りを放つ。結果、その浅井マークから鋭い差し脚を見せた山口が優勝ゴール。4番手を確保していた武田が山口をそのまま追走し2着入線。浅井は3着だった。 |